5.2. 過去を表す形式の時間表示再考
過去時制と現在完了形は、同じ過去に生じた出来事を表す形式である。しかし含まれる意味は異なり、英語では厳格に区別されている。
現在完了形が特定の過去を示す副詞と共起しないのは、話し手が念頭にそれを置かないからである。もしも置くのならば過去時制を用いることになる。
(4)
a. I went home early yesterday.
(私は昨日早くに帰宅しました。)
b. I told you to call me last night.
(昨夜私に電話をしてくださいと言いましたよ。)
上は過去時制を用いた例であるが、2例とも特定の過去を示す副詞が続いている。この副詞は時間表示上では心の位置(M)に相当するため、これらの時間表示は次のようになる。
(5)
心の位置(M)は過去時に置かれることになるのだが、過去を示す副詞がたとえなくても、過去時制という形式を用いることで上のように示される。
(6)
a. I went home early.
(私は早くに帰宅しました。)
b. I told you to call me.
(私に電話をしてくださいと言いましたよ。)
上は前の2例から過去を示す副詞を取った例である。この場合、前後の文脈関係、または話し手の心境から言外に過去を示す副詞が含まれている。言外に特定の過去を含むということは、話し手の胸のうちにそのような時点が置かれているということである。
(7)
a. Did you ever see the Eiffel Tower?
b. Have you ever seen the Eiffel Tower?
上は2例とも疑問文であるが、いずれも文法的に誤りということはなく、どちらを選択するかは発話の際の話し手の心境と念頭に置く時点による。つまり、話し手が念頭に特定の過去を置いたときは過去時制を選択し、そうでなければ現在完了形を選択するのである。
(8)
話し手の心境 + 念頭に置く時点 = 形式の選択
上は、話し手が形式を選択するときを簡単に表している。
「話し手の心境」から「念頭に置く時点」が心に抱かれ、そこから形式を選択することになる。「念頭に置く時点」が心の位置(M)に相当し、文脈上では時を表す副詞として現れる。
ところで、過去時制と現在完了形では、現在から少しでも離れるような時点が特定されれば、現在完了形ではなく過去時制を選択しなければならない。したがって次のように、たとえ近い過去を示す副詞が続くことがあっても現在完了形を用いることはできない。
(9)
a. I was singing karaoke last night.
(私は昨夜カラオケを歌っていました。)
b. I saw him a few minutes ago.
(私は彼を数分前に見ました。)
上の2例ではlast nightやa few minutes agoのように近い過去を示す副詞が用いられている。特にa few minutes agoは「数分前」という意味なので、完了・結果用法としての現在完了形を用いることもできそうに思える副詞である。しかし、これに用いられているagoは「~前」というように明確に特定の過去を示す副詞であるために、現在完了形とは共起ができない。
つまり、a few minutes agoは確かに近い過去を示す副詞であるが、このような副詞を話し手が念頭に置いたときは、たとえどんなに近い過去でも現在とは切り離された「過去」として、話し手は捉えていることになる。
以上のことから、心の位置(M)は形式を選択する上での、話し手の心境を表している。
それは時間表示において、現在時から離れるか離れないかでも表される。
(10)
a. 過去時制の時間表示
b. 現在完了形の時間表示
(10a)の過去時制の時間表示では、出来事と現在との切り離しを意味する。
それに対して(10b)の現在完了形の時間表示では、つながり意味する。
同様のことは未来表現でもいえる。
(11)
a. 近い未来の未来表現
b. 遠い未来の未来表現
(11b)の遠い未来では心の位置(M)が現在から離れるが、このことは現在との関係が弱くなることを意味する。
切り離しの意味が現れないのは、未来が過去と異なり未だ不確定の時間帯だからである。
このように、心の位置(M)とは「現在との心境的関係」を表している。
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