1.2.2. 歴史的現在に相当する用法
歴史的現在については前節で述べたように、話し手が過去の出来事をあたかも現在において生じているかのように想像することである。しかし、過去の出来事を現在時制で表すことは歴史的現在に限ったことではない。この用法は伝達動詞でも用いられることがある。
伝達動詞とは、情報の発信や受信を表す動詞のことである。
たとえばtellやsay、answer、hearなどがある。そしてこれらの伝達動詞を現在時制のままで用いて過去の出来事を発話することになるのだが、その意味は過去の出来事が発話する現在においてもいまだに有効であるということである。これには次のような例がある。
(21)
a. Joan tells me you're getting a new car.
(新しい車を買うそうですね、ジョーンが私に話していましたよ。)
b. The ten o'clock news says that it's going to be cold.
(10時のニュースが言うには、寒くなるみたいですよ。)
(以上2例はLeech:1971a)
上の2例において、いずれも現在時制の伝達動詞を用いて過去に聞いたことを表している。それぞれは現在においてもいまだにその内容が真実のこととして捉えている。
(21a)については、Joanが発話したのはある過去においてなのだが、その内容は現在でも有効なことである。(21b)についても10時のニュースが伝えたのは明らかに過去であるが、その内容は天気のことであり、話し手は現在においてこれから寒くなるであろうことを発話している。これは現在時制が持っている意味の「現在の事実として話し手が出来事を捉えている」ことにも通じている。ここで上の例を時間表示に示すと次のようになる。
(22)
上の時間表示は前の2例について共通している。そして従属節が名詞節のため、時間表示は上段と下段の2つに分けて示している。(従属節が副詞節の場合は、主節のみを時間表示する。)
(21a)を例にすると主節のJoan tells meが上段の時間表示に相当し、従属節であるyou're getting a new carが下段の時間表示に相当する。
また、下段は未来表現の時間表示になっている。前の2例ではいずれも従属節の内容が未来のことであり、そのために出来事が未来に生じることを表すため、出来事時(E)は未来時に置かれている。
心の位置(M)は、出来事時(E)と同様に未来時に置かれることもある。このような未来表現においての心の位置(M)については、第4章 で述べていく。
主節の時間表示を表す上段では、伝達されたことが過去の時点なので出来事時(E)は過去時に置かれる。ところが、その伝達されたことは現在においてもいまだ有効なこととして話し手が捉えるので、出来事時(E)は現在時にも置かれることになる。これは、想定した出来事を表している。そして心の位置(M)は、当然話し手の心境が現在にあるために、現在時に置かれている。
このようにして示されたのが上段であるが、この時間表示は前節で述べた歴史的現在の時間表示と同じである。
(23)
a. I hear you're going to America.
(アメリカに行かれるそうですね。)
b. They tell me Mary passed the exam.
(メアリーが試験に合格したと聞いています。)
上の例も同様に伝達動詞に現在時制を用いた例である。
(23a)では現在時制のhearが用いられているが、それは「相手がアメリカに行こうとしていること」は現在でも変わらない計画だからである。(23b)では、従属節に過去時制が用いられている。これは話し手が聞いた時点は確かに過去であるが、その時点においてメアリーが合格したことも過去のことだからである。しかし、メアリーが合格したのが過去のことであってもその合格をしたという状態が現在でも有効なために、現在時制のtellを用いているのである。
ここでもう一度時間表示を示す。
(24)
上段は歴史的現在とは意味的には異なるところがあっても、示される時間表示は同じである。そして出来事が過去に生じたことを示しているのに関わらず、話し手の心境から現在時制で表すことにはかわりはない。
そこで、このような伝達動詞の用法は、歴史的現在の一種であるとする考えもある。
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